インタビュー企画   

【インタビュー】「Confetti」編集長吉田祥二さんと語る「ロングランプランニング」と演劇事情について

演劇人なら知らない人はいないフリーペーパー「Confetti」。その編集長を務める吉田祥二さんと「Confetti」を発行する「ロングランプランニング株式会社」の変遷と、その周りの演劇事情について伺います。(2019年3月取材)


左:遠藤隆之介さん、右:吉田祥二さん


<目次>


【第1回】榑松さんとの出会いと会社が立ち上がるまでのお話。

【第2回】Confetti(カンフェティ)登場。

【第3回】演劇の移り変わりと紙媒体について。

【第4回】演劇人の応援と育成。


<第1回>榑松さんとの出会いと会社が立ち上がるまでのお話。

遠藤 よろしくお願いします。

吉田 よろしくお願いします。


遠藤 もともとね、コメフェスの審査員で知り合ったんですよね。

吉田 そうですね。黄金のコメディフェスティバル(※)。5、6年前くらいですかね。


※「黄金のコメディフェスティバル」・・・シアター風姿花伝の10周年企画で実施されたコメディ団体による演劇フェスティバル。吉田さんと遠藤さんは審査員を務めた経験がある。


遠藤 審査員席の時も、客席で待機する時も、隣の席の時が多くて、2015年は風邪引いてたなぁとか。

吉田 よく覚えてますね。


遠藤 審査員の人たちも最近会ってないので、寂しいなって思ってます。

吉田 そうですね。


遠藤 なんか僕すごい不勉強で、カンフェティとロングプランニングさん、

吉田 ロング"ラン"プランニング(株式会社)ですね(笑)。


遠藤 スイマセン(苦笑)。

吉田 でも領収書の半分くらい「ロングプランニング」です(笑)。


遠藤 会社の概要をHPで拝見したんですけど、立ち上げの頃からの話を伺いたいと思ってまして。立ち上げたのが2004年・・・?

吉田 2004年2月ですね。最初は、いま代表取締役やってる榑松と私の2人でスタートしました。


遠藤 最初から「株式会社」ですか?

吉田 そうですね。最初の時点で上場を目的に始めてます。まぁ言うぶんには自由なので(笑)。最初の3年間も、年商1億いかなかったらもうやめるって言ってましたし。

遠藤 めちゃめちゃ志高いですね。


吉田 目標だけはかなり高くに置いて、っていうのがうちの特徴でして。

遠藤 目標を大きく設定することによって、そこに向けてぐーっと向かうみたいな。


吉田 目標は未達のこともありますが、実績としては右肩上がりで来てる感じですね。だから目標をとにかく高く設定することは、大事だなって思ってます。高尾山を登ることが目標じゃなくて、富士山だったりエベレストを目標にするって言っちゃうことで、じゃあエベレストを登るためにこの1年どうしようとか、考えるんですよね。



遠藤 お2人(吉田さんと榑松さん)の関係性ってどんな感じなんですか?

吉田 大学ですね。大学のテニスサークルで榑松とは出会ったんですけど、榑松はもともと陸上競技をやっていて、確か東京で一番足が早かったんですよ。100mを10秒台で走るっていう。


遠藤 (お2人とも)全然芸術関係じゃないですね(笑)。

吉田 そうですね。で、それからすぐ僕は劇団を立ち上げました。


遠藤 役者をやられてたんですか?

吉田 役者は最初だけですね。僕は書くのがやりたかったので、役者はあんまり興味なくて。で、それから10年間くらいはどっぷり劇団だけやってたんですけど、そんな中で(榑松さんが)僕の公演を観に来てくれてたんですよ。で、たまには飲もうかって飲んだ時に、僕が結構酔っ払って10年間やってきた演劇のいろんな話をしたんですよ。楽しかった話とかみんな苦労した話とか。そしたらそれに結構ビジネスチャンスまでいかないですけど、そういう人たちを応援したいね、みたいな。もともと榑松側が会社起こしたいみたいに思っていて、会社に行きながら大学院でNBAも取ってたりしていたんで。


遠藤 演劇界の特にお金関係を中心とした問題点がいっぱいある部分ですね。

吉田 あとは売れたくてもなかなか売れない部分というか。


遠藤 それを「ケッ」て思うんじゃなくて、ビジネスチャンスと捉えるところが素敵ですよね。

吉田 うーん、どう間違ってかっていう感じですけど(苦笑)。


遠藤 「演劇ごはん」の打ち合わせの時に、小劇場界の問題点を付箋で貼ってったら、ホワイトボードいっぱいの付箋ができて、「これ宝の山ですよ」ってなったのを思い出しました。

吉田 そうなんですよね。だから、ベンチャービジネスとかって結構前からありますけど、その中で「演劇で」っていうのがなくて、だからそれを逆に利用した感じですね。参入障壁とかそんなに高くないし。


遠藤 競合他社はいなかったんですかね。

吉田 プレイガイドとかぴあとかシアターガイドとかもちろんありましたけど、もともと最初はそういうところになろうって発想よりも、僕が関わってきた小劇場の人たちを食べさせるっていうか、お金の経済面も含めて回るようになったらいいな、っていうのでやろうって話になって、その半年後には会社を立ち上げたんですね・・・



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(つづきます)


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