インタビュー企画   

【インタビュー】河村渚さん:人と人を"むすぶ"ということ

赤坂の「おむすびJAZZ」を始め、都内に4店舗を展開する株式会社むすびエンタテイメント代表取締役の河村渚さんに、これまでの人生とその流儀をお聞きしました。(2019年5月取材)


左:遠藤隆之介さん、右:河村渚さん


<目次>


【第1回】何故かゲームトーク。

【第2回】つながっていく、この数年間。

【第3回】どうしたらお金が生まれるかを考える。

【第4回】本物志向。


<第1回>何故かゲームトーク。

遠藤 よろしくお願いします。

河村 よろしくお願いします。


遠藤 まずはご存知ない方もいらっしゃるかと思うので自己紹介をお願いできますか?

河村 株式会社むすびエンタテイメントという会社の代表をやっております河村渚と申します。私の会社はですね、ミュージックバーを都内に4店舗やっておりまして、赤坂に2つ、銀座に1つ、でさらに、2019年4月17日に学芸大学にもう1店舗出しました。いちおう飲食店をやってるんですが、飲食店だけではなくて、ミュージシャンの方々に日々ギャラをお渡しして各店舗に出演いただいたり、イベントやパーティの依頼があれば派遣させてもらったり、制作会社さんからの案件をご紹介させてもらったりして、活動を支援するようなことをやっております。


遠藤 ほとんど完璧だったんで聞くこと聞いちゃったみたいな感じなんですが、今日は社長の過去を聞こうと思っていて、どんな美少女だったんですか?(笑)

河村 いやもうただの暗い少女でしたよ(笑)。


遠藤 小さい頃から商売には興味があったんですか?

河村 そうですね、お兄ちゃんがいて、小学校4~5年生くらいから"ファミリーコンピュータ"っていうのが私の生活圏に既にあって、その当時から300本くらいはやりこんでたんですけど、私の家の近くに、いまや知らないひとはいないと思うのですが、古本屋のブックオフがあって、本だけでなくゲームも扱ってたんですけど、当時はファミコンの価値をあまりわからずに、パッケージのきれいさだけで買い取りをしてたんですね。なので、超人気のソフトでもパッケージが汚いやつとか状態が悪いものを安く売っていたので、それを買って、専門店に売って儲けてたことがあります。


遠藤 あ、転売を既に。すごいな。

河村 買取価格とか出てるじゃないですか。それを電話して聞いてってことを、小6くらいでやってましたね。

遠藤 すごいですね。


河村 ホームセンターみたいなところにもファミコンってちょっと置いていて、そこは新作を朝早く並ぶと10品限定で、定価6,900円くらいのやつが4,980円とかで買えたりしたんで、とりあえず並んで安く買って、中古屋とかで少し高く買い取りしてもらったりして。そういうことをやったこともありましたね。

遠藤 すごい小学生ですね。初めて聞きましたけど。衝撃。



河村 (ゲームで)好きだったのはシミュレーションゲームとRPGとボードゲーム、例えば「いただきストリート」とかですね。私かなり強いんですよ。逆に桃鉄(桃太郎電鉄)はあんまり好きじゃなくて。あれ、結構運に左右されるので。

遠藤 確かに運任せなところありますよね。

河村 キングボンビーが強すぎるんですよね。でも、苫小牧にパルプ工場があるというのは桃鉄から学びました。


浅海 みんなそれで学びましたよね。

河村 苫小牧の読み方も、長万部の読み方も、それで学びました。だけど当時は「いたスト」派で、そんな小学生時代でしたね。あと「アクトレイザー」とか好きでしたけど、知らないですよね(笑)。中1くらいになってプレステが出てきて、「ときメモ」にハマって。


遠藤 女子向けのやつじゃなくてですか?

河村 いや、普通に藤崎詩織(ときめきメモリアルのヒロイン)を落とすぞ、みたいな。「3」から動きが付いたんですけど、表情がなくなっちゃったんですよね。だから「2」まではやってたんですけど、「ガールズサイド」も「1」「2」全部やって、あと「トゥルーラブストーリー」とか「卒業」とか「マリーのアトリエ」とか、あの辺とかも全部やりこんでて。

遠藤 すごいっすね。


河村 「テーマパーク」とか「バーガーバーガー」とか、ああいうのも好きでしたし、RPGとかはレベル上げをひたすらやって、楽勝で勝って進んでいくのが好きなんで、雑誌とか読みながら、ノールックでコントローラを押し続けるみたいなことをやってて。

遠藤 怖いですね(笑)。


河村 あと兄が「ネオジオCD」持ってて、KOFとかサムスピとかあの辺もやりこんでて、そんな幼少期でしたね。

遠藤 めっちゃゲーム少女ですね。


河村 中学の時は、バスケ部だったので、部活やりながら、テスト1週間前だけ部活が休みになるから、「ときメモ」を一晩で二人くらいクリアしたりとかしてました。

遠藤 子供の頃からやりこみがすごいですね。今につながってる気がします、そのやりこみ感は。

浅海 ゲーマーですね。



河村 バスケ部に行ったのは「スラムダンク」が流行ってたってのと、兄もバスケ部だったからですかね。その時から部活少女みたいな感じで、毎日部活に行ってました。いちおうスタメンでやらしてもらってて、中1の時に(身長が)当時155cmくらいあったから、センターをやってたんですね。で、中3までがっつりやって、引退してからも部活に行ってたくらいなので、ホント部活大好きみたいな感じでした。で、テスト1週間前だけゲームをがっつりやってみたいな、その繰り返しでした。ただ、勉強は結構できた方だったので、高校は都内の進学校に行ったんですけど、ほとんど学校に行ってなかったです。1学期で30回くらい早退してました(苦笑)。


遠藤 それはどうして?

河村 その時は飲食店でバイトを月100時間以上働いてて、朝モーニング7時~10時でバイトして、その後は別でバイトしてみたいな状態だったんで。


遠藤 それはバイトが好きっていうか、飲食店が好きみたいな感じだったんですか?

河村 バイトが好きでしたかね。


遠藤 お金を稼ぎたかったとか。

河村 うーん、どちらかというと楽しかったんだと思うんですけどね。結構働いて、でも高校生の時給って安いから、時給800円で月に8万円とかだったんですけど、それを全部服に費やしてたって感じですかね。高校の時はファッションに一番こだわってて、ブランドものばっかり着てたんですけど、地元にセレクトショップがホントにちっちゃいのが1個だけあって、当時流行ってた裏原宿系のブランドがあって、それを授業抜けて買いに行ったりとかしてたんですよ。


遠藤 とんでもない生徒だったんですね(笑)。

河村 ノートも1枚も取らなかったですね。めっちゃ怒られたけど。


遠藤 でも記憶力ハンパないんですよね。なんでも覚えちゃうんですよね。

河村 そうですね。百人一首とかも中学の時に全部覚えてました。


浅海 その頃からすごい外に外にアンテナが向いてる感じがします。

河村 でもなんかホントに今思うと、その時はそういう自分に全然気づいてないというか、結局中学生活もマジメに部活とか行ってたし、勉強も苦ではなかったんで、高校の時はさすがに勉強はやってる人には勝てないって感じでしたけど、自分が変わってるとかってのは思わないというか、今でもそんな思ってないんですけど(笑)。


遠藤 変わってますけどね(笑)。特殊ですよ。

河村 でも高校入ったら全く勉強しなくなっちゃって、授業とかホントに聞いてなかったんで、その授業の時間を何に使うかってのが課題で、図書館に「ガラスの仮面」が置いてあったからとりあえずそれを全巻読みながら2日間すごすとか。で、テストの1週間前とか先生からテストで出るとことか言われるじゃないですか。そこは抑えないとまずいと思って、友達にテスト範囲を聞いて、範囲に適合する問題集をブックオフで100円で買って、合ってる範囲のところをやる、みたいな。っていうことを繰り返しやってて、テストって3日間くらいあるじゃないですか。その初日の科目をその前日に集中して、夜の11時くらいから朝までやるんですよ。そのまま寝ないで学校行ってテスト受けて、成績を保つみたいなことをやってました。


遠藤 やっぱりハマっちゃう気質なんですね。

河村 辛かったですけどね。でもやらないとマジで0点だ、みたいな。0点とかは嫌なんですよね。



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(つづきます)


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